僕を取り囲む私を観察した不定期日記で自分は誰?
僕の静かな日々
幻聴の声が鳥の声とかだといいのに。僕の後頭部のやや後ろ辺りから聴こえる声は野太い男の声だ。低く唸るように「うおぉ」と言うから心臓がドグリとしてネットリとした血が全身に流れる。脇の下に臭い汗が出るし数秒間体に嫌な熱をじんわりと持つ。規則正しく静かな生活を送れば大丈夫というけれど全然良くならないじゃないか。
おまけに始終耳の底に車にひかれた猫の声が聞こえるし。これが本当の車にひかれた猫の助けを呼ぶ声かただの幻聴なのかまったく区別がつかないよ。耳を澄ましてよく聞こうとすると以前聞いた脳ミソの中の記憶の声の感じもするし。本当にどこかで鳴いている車にひかれた猫の声にも聴こえる。だから本当の猫の声か確かめないといけなくなるじゃないか。電車の中でもコンサート中でも聞こえだすからそこで探すとみんな変な目で見るし。拾って家に持って帰ってもいつのまにかいなくなってやつらが車にひかれた猫を取り上げて代わりに三輪車やスコップとかゴミを置いていくし。どうやって静かに暮らせと言うんだよ!
男乳
猫が一匹もいないコンピュータの並ぶ情報処理センターにいる。いつも猫を抱いているせいか、猫を抱いていないと何か体が寂しい。腕の中にあるべき感覚がない違和感。その違和感が寂しさとなって何でもいいから無性に何かを抱きたくなる。そういえば親が車にひかれた猫になってしまった子猫が僕の乳首を吸っていたっけ。そして車にひかれた子猫になってしまってから吸われなくなった乳首も寂しかったなぁ。ああ、あの子猫のことを考えると乳首からお乳が出そうになる。
あの曲は誰のだろう
自分放送局が世界の終焉を淡々と映している。テレビカメラがゆっくりと地球から離れていく。赤い大陸と紫の海から離れて灰色の雲と紫の丸い地球を映してテレビカメラが離れていく。闇の宇宙に星が白い点となってちらばっている。紫の地球の横に黄色い月が見える。僕は目が悪くてあの小さくなっていく紫の地球にまだ車にひかれた猫が何匹いるか数えられない。部屋の中の動物の数をかぞえる。カンガルーが飛び回っていて正確な数がかぞえられない。猿の投げたクソにあたって前が見えなくなる。サソリに足を噛まれて口から血を吐く。車にひかれた猫に限らず、死んだ動物は地球に何匹残っているんだろう。死ぬ前にそんな意味のないことを考える。さようなら。
僕がサソリの毒で皮膚を斑点にしながら痙攣している。苦しそうなので象に踏み殺すように頼む。
象の足の裏に付着した血を拭く。窓から僕の死体を捨てる。ほかの動物たちが開けた窓に吸い込まれる。もちろん僕も宇宙に放り出される。さようなら。
地球に残った僕は飛び立った僕のアパートが見えなくなるまで空を見ていた。拭いても拭いても降りしきる雨で眼鏡が黒くなる。そして食べる物がなくなって血便にまみれて布団の中で死ぬ。さようなら。
さようなら。さようなら。自分放送局の中で自分が次々と死んでいく。さようなら。さようなら。
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