「ナニナニナノ?」な質問に「ハイ」と「イイエ」では答えられない。
例えば「キチガイなの?」に
「はい」
→やっぱりね!
→素直に言うものだろうか?だから違うな。
「いいえ」
→そうか!
→素直に認めないはず。だから違うな。
みたいな。
美は見る者の目に宿るように説明の理解も受け手による。
もちろん、答え手が「はい」や「いいえ」ではなく、納得できるような言葉を尽くすこともできる。
でも、読んで分からないのなら、書いて説明してもな。
そういえば昔は「退院しているから正常」と説明するのが好きだった。
それに DSM を使えば誰にもキチガイに仕立ててみせるよ!
子供の時は海の底に何日もいたり、鍵に触るだけで外れてどんなに高い所から飛び降りても怪我しないし、車にひかれた猫が話しかけてきたりしたことを疑問なく話してた。
幼少は夢想で済むけど、十代では妄想になってしまう。
でも想像の産物ではなく、珊瑚の欠片や砂金の数粒、宝石の原石の実物が届くし、これは車にひかれた猫の笠地蔵的恩返し系なものなんだと思うよ。
だから車にひかれた猫を拾うことに専念するだけで食べていけるので幸せ。
なんてことはヒトには言わないで日記に書くだけだから分別もあるし、正常だよ。