僕を取り囲む私を観察した不定期日記で自分は誰?


僕の姿を消して

久しぶりに講義に出席した。教室には50人くらいの人がすでに着席していた。前の席しか空いていないので僕はそこへ座る。鉛筆を持つのも久しぶりだし、字を書くのも久しぶりなのでなんだか手がわ~んとしている。なんと言えばいいのだろうか。マヒしている感じでうまく動かないのだ。

先生が黒板に何か書いている。僕にはそれが字に見えない。ただの記号か絵に見える。隣の席にいる人の教科書を覗いてみた。記号に見える。僕は字が読めないみたいだ。心臓がドキドキしはじめた。僕は大馬鹿者になっている。メタリックな黒い冷たいものがゆっくりと頭から背中へ通っていく。みんな板書をしている。下を向いてみんなが板書をしている。

僕も必死に黒板にある記号をノートに模写する。記号が難しくて黒板に書いてあるものとはどうしても似つかない。手が自分のものではないみたいでやけにカクカクした字になる。黒板に書かれた記号を必死に見る。目がチカチカして黒板に書かれた文字が消えたり変化したりして見える。

気がつくと先生が僕を見ている。またあの目玉だ。みんな板書を終えている。書いているのは僕だけだ。まだ半分も書けていない。僕の鉛筆の音がやけに静かな教室に響く。先生は僕がまだ板書しているから黒板に次のことが書けないのだ。後ろを見た。目玉が僕を見ている。まわりを見回した。たくさんの目玉が僕を見ている。立ち上がって教室の奥を見た。そこにも目玉が僕を見ている。みんな僕を見ている。教室を見回すとみんなが僕を見ている。僕を見て何か言っている。

先生が何か僕に向けて声を発した。教室が僕のことを言っている。きっと僕は顔が真っ赤だ。心臓がドキドキしている。足は勝手に窓へ向かって走りだし、僕は窓をつき破って2階から落ちた。右足が死ぬほど痛い。上を見上げると割れた窓からたくさんの目玉が僕を見て何か叫んでいる。僕を馬鹿にしている。僕を殺そうとしている。逃げなくてはいけない。ああ肩も焼けるように痛い。僕はびっこをひいて逃げ出した。校門を出て橋を渡って十字路を過ぎて家の近くの公園まで逃げてこんだ。後ろを見ても誰もいない。助かった。僕は疲れと痛みと呼吸の苦しさで砂場に横になって休んだ。

砂をただ漠然と掘ってみると中から車にひかれた猫が出てきた。開いた口には砂が一杯つまっている。目があった場所にも砂がぎっしりとつまっている。僕もみんなから隠れるために猫を抱いて砂の中に沈んだ。


ボブ!!ボブ!!

痛みのせいと走ったせいで僕の体は熱かったけれど、ものすごく冷たい砂のせいですぐに僕の体は冷たくなった。耳の中に砂も入ったことだし家に帰って音楽でも聴こう。砂のつまった車にひかれた猫の尻尾を持って僕は家に帰ることにした。

胃の中にも砂が入っているかな、と思ったけれど入っていなかった。ということは死んでから砂の中に入ったんだ。こんな風に車にひかれた猫の体のことだけを考えていたかったけれど、どうしても脳ミソの中では今日みんなが僕を「殺す」とか「馬鹿者が」とか「えんがちょ」とかしている光景がフラッシュバックする。斧持ってみんなを滅多打ちしようかと考えた。

そういえば昔『ボブカット』だから「ボブ!!ボブ!!」とからかわれて斧持って音楽室を襲った話を聞いたことがある。MEDIA FRONTみたいな立派で素敵で役にたつ雑誌に載るなら大歓迎だが、新聞とかテレビに

「救世主ご乱心!!斧持ってザクッ!!」

とか書かれたら嫌だし。学食に水銀でもこっそり入れようか。あ、考えごとしながら車にひかれた猫を解剖していたら下の机が見えている。貫通してしまった。やはり電気ドリルとかでみんなの腹に風穴開けたら僕の服にたくさん血が飛び散るんだろうな。スモッグとかつけたらどうだろう。懐かしいな。スモッグ。習字の時間に着たな。しかし砂のつまった車にひかれた猫ではどうしても興奮できない。あんなみんなのことを考えるよりもっと素敵な車にひかれた猫を見つけよう。頑張れ、自分。


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